東京高等裁判所 昭和31年(ネ)730号 判決 1960年6月30日
第一審 原告(第七三〇号控訴人・第七三一号被控訴人) 小川松五郎
第一審 被告(第七三〇号被控訴人・第七三一号控訴人) 中村光子こと中村清江
主文
本件各控訴をいずれも棄却する。
当審における訴訟費用はその二分の一宛を第一審原告及び第一審被告の各負担とする。
事実
昭和三十一年(ネ)第七三〇号事件につき第一審原告代理人は、「原判決を次の通り変更する。別紙目録記載の建物が第一審原告の所有であることを確定する。第一審被告は第一審原告に対し右建物につき千葉地方法務局昭和二十六年三月三十一日受附第二、〇二七号を以てなされた所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審共第一審被告の負担とする。」との判決を第一審被告代理人は「控訴棄却」の判決を各求め、昭和三十一年(ネ)第七三一号事件につき、第一審被告代理人は「原判決中第一審被告敗訴の部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共第一審原告の負担とする。」との判決を、第一審原告代理人は「控訴棄却」の判決を各求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、左記を附加する外原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。(以下第一審原告を原告と、第一審被告を被告と各略称する。)
原告代理人は、
(一) 原判決二枚目裏十一行目に「建坪二十四坪六合五勺」とあるのを「建坪二十四坪一合五勺」と訂正する。
(二) 本件建物が昭和二十八年六月中取りこわしにより消滅したとの事実は否認する。
と述べ、
被告代理人は、
(一) 本件建物の敷地の賃借人は被告である。
(二) 昭和二十八年六月頃千葉市復興都市計画のために本件建物を約一間半移動する必要が生じたところ、当時既に本件建物は移動に堪えなかつたので、被告は既存の本件建物中僅かに二坪程度の柱を残したのみで他は全部取りこわした上約六十五万円の建築費を投じ新規の材料を使用して建坪約三十坪の二階建店舗兼住宅を新築し、次いで昭和三十四年十一月更に被告は約百六十万円の建築費を投じ右建物の二階を拡張して建坪合計十一坪の三室を増築し、且階下の模様替をした。このように原告が本訴で所有権を主張する本件建物は昭和二十八年六月中被告がこれを取りこわしたことにより消滅したのであるから原告の本訴請求は失当である。
と述べ、
立証として、新たに、原告代理人は当審における証人小出増雄及び原告本人の各尋問を求め、乙第一、第二号証、第八号証の一ないし三、第十一、第十二号証の各成立を認めた外その余の乙号各証の成立はすべて不知と述べ、被告代理人は乙第一、第二号証、第三号証の一、二、第四、第五号証、第六号証の一ないし十六、第六号証の十七の一、二、第六号証の十八ないし二十七、第六号証の二十八の一、二、第六号証の二十九、三十、第七号証の一、二、第八号証の一ないし四、第九ないし第十二号証を提出し、当審における証人石出大明、古川忠次及び被告本人の各尋問を求めた。
理由
一、原告が本訴において所有権の確認を求める別紙目録記載の本件建物は、昭和二十一年中同目録表示の場所に被告名義を以て受けた当該官庁の建築許可に基ずき新築せられた建物に、その後昭和二十五年四月頃及び昭和二十六年五、六月頃の二回に亘つて増築及び改築がなされた結果その実測坪数が同目録記載の通りになつた建物であること、本件建物について原告主張の如き被告名義の所有権保存登記が存すること、本件建物につき訴外千葉合同無尽株式会社のために原告主張の如き根抵当権が設定せられたこと、本件建物に対する所有権の帰属につき原被告間に争いの存することはいずれも当事者間に争いがない。
二、被告は、昭和二十八年六月本件建物の内僅かに二坪程度の柱を残したのみで他は全部これを取りこわし、新たに建坪約三十坪の二階建店舗兼住宅を建築したから、原告主張の本件建物は右取りこわしにより既に消滅し現存しないと主張するので、先ずこの点について審按するに、当審証人石出大明の証言により成立を認めうる乙第三号証の一、二、第四号証、当裁判所において真正に成立したと認める乙第五号証、第六号証の一ないし十六、同号証の十七の一、二、同号証の十八、二十ないし二十七と同証言及び当審における被告本人尋問の結果(但しいずれも後記措信しない部分を除く)とを綜合すれば、昭和二十八年三月頃千葉市の都市計画による区画整理の施行に伴い本件建物を移動する必要が生じたので、被告は同年三月十三日訴外丸一建材株式会社との間に工事代金二十七万円の約束で請負契約を締結し同会社をしてその工事を施工せしめたのであるが、その工事の主なものは、本件建物を元の位置から約一間半南に移動させ、本件建物の内建坪五坪に相当する部分を取りこわし、新たに同坪数の増築をした外、屋根、内部造作等に若干の改修を加えたことであつて、右工事によつては総建坪の増減はなかつたこと、被告は昭和二十九年三月頃までの間に右工事代金の支払をすませたこと、その外、被告は、右建物移動の際約十万円を支出して木材、セメント等の工事材料を購入し、又、水道、電灯、ガス等の設備工事をしたことを各認めることができるけれども、被告の主張するように本件建物の内二坪程度の柱を残した外他は全部取りこわしたことは、この主張に副う前記証人の証言及び被告本人尋問の結果は前記引用の乙第三号証の一、二(丸一建材株式会社作成の工事見積書)の記載と対照するときは遽かに信を措き難く、他にこれを肯認するに足る資料はない。そして右に認定した工事内容からすれば、本件建物の内その大部分はこれを取りこわすことなく元のまま約一間半移動したに過ぎないのであり、しかもこの移動の前後を通じ建物の総坪数には異動がなかつたのであるから、たとい前記の如き建物の一部の取りこわし及び新規増築、並びに若干の改修工事がその間になされたとしても、右の工事によつては未だ本件建物の同一性は失われることなく法律上は依然同一の建物であると解するのが相当である。被告は更に、昭和三十四年十一月中本件建物の二階を拡張し建坪十一坪の三室を増築し且階下の模様替をしたと主張するけれどもその事実を認めうべき証拠は何もない。そうすれば、本件建物が取りこわしにより既に消滅したとする被告の主張は採用することができない。
三、原告は、本件建物は原告において新築し且増改築した原告所有の建物であると主張し、被告は右原告の所有権を否認し、本件建物は被告の所有であると主張するのであるが、この点につき当裁判所は、原審と同様、本件建物は原告と被告との共有に属しその持分は各自二分の一宛であると認め、よつて原告の本件所有権確認の請求は原告が本件建物について二分の一の共有持分権を有することの確認を求める範囲において理由ありとして認容するがその余の請求は失当として棄却すべきものと認めるのであつて、その理由は左記の通り訂正補足する外原判決理由の記載(原判決五枚目表六行目から八枚目表一行目まで)と同一である(但し原判決五枚目表末行から裏に亘り及び六枚目表十一行目に各「内縁干係」とあるを「妾干係」と訂正し、七枚目表九行目及びその裏七行目に各「出損」とあるを「出捐」と訂正し、七枚目裏十行目に「単独所有を考えず」とあるを「単独所有と考えず」と訂正する。)から、これを引用する。
(イ) 原判決五枚目表七行目から八行目にかけて「甲第一、二号証」の次に「乙第一、二号証、第八号証の一、二第十二号証」を、同九行目「粟生貞二」の次に「斎藤梅吉」を各挿入し、同六枚目表四行目に「建坪も現況よりは相当少かつた」とあるのを「建坪は約十坪五合であつた」と、同六枚目裏二行目に「原告において」とあるのを「原告が自ら借主となり」と各訂正し、同七枚目表十行目から十一行目にかけて「原、被告の持分は」の次に「他に反証のない本件にあつては」を挿入する。
(ロ) 当審における原告及び被告各本人尋問の結果中右に引用した原判決理由と異る供述部分は措信し難く、原告及び被告がそれぞれ当審において提出援用したその他の全立証によるも本件建物の共有及び持分干係についての前記認定を覆すに足る資料はない。被告が本件建物につき前記二において説明したような一部の取りこわし、増築及び改修工事を施工したことは何等右認定を妨げる根拠とはならない。又これによつて本件建物の共有及び持分干係に変更を来すものでもない。
(ハ) 被告は、仮に当初本件建物が原告及び被告の共有であつたとしても、その後被告は原告からその持分の贈与を受け被告の単独所有として保存登記をしたのであるから、もはや本件建物は原告の所有ではなく被告の所有であると主張するけれども、原告が被告に対しかかる持分贈与の意思表示を明示的には勿論默示的にもなしたことは被告の全立証によるもこれを認め難い。昭和二十一年中最初に本件建物を建築する際の建築許可が被告名義でなされ、次いで昭和二十六年三月三十一日本件建物につき被告名義で所有権保存登記のなされたことは前記の通りであり、当審における原告本人尋問の結果によれば、右建築許可の申請を被告名義ですることは原告の意思に基くものであり、又右登記申請を被告名義ですることも原告は承諾していたものと認められるのであるが、さきに引用した原判決理由に説明する通り原告と被告とは昭和十八、九年頃から昭和二十七年六月頃までの間妾干係を結んでいたこと及び昭和二十一年九月以来本件建物で経営していた食堂の営業名義人は被告であつたけれども営業の実体は原告及び被告の共同経営であつたと認められることと、原審及び当審における原告及び被告各本人尋問の結果に徴すれば、昭和二十一年に最初に本件建物(その坪数が約十坪五合であることは前記の通りである。)を建築するに要した費用の一部及びその後昭和二十五年及び同二十六年の二回に亘り増改築をするに要した費用の大部分は、原、被告の共同経営にかかる前記営業の利益中より支弁せられているものと認められることとを考え合わすときは右の如く本件建物の建築許可及び所有権保存登記の申請が原告の意思に基き或いは原告の承諾の下に被告名義でなされた事実があるとしても、そのことから直ちに被告主張の持分贈与の意思表示があつたものとは認め難いのである。従つて、右持分贈与があつたことを前提とする被告の主張は採用の限りでない。
四、次に原告は、本件建物についてなされた前記被告名義の所有権保存登記の抹消登記手続を求めるのであるが、さきに説明した通り本件建物が原告と被告との共有である以上被告名義の所有権保存登記が実体上の権利干係と一致するものでないことはいうまでもない。しかし、一面において、被告は本件建物について持分二分の一の共有権を有するのであるから、右の登記が実体上の権利干係と一致しない故を以て被告にその抹消登記義務を認めることは不当に被告の権利を害する結果を生じ相当でない。従つて、本件の場合原告は被告に対し前記所有権保存登記の抹消登記手続を請求する権利はなく、原告において登記と実体上の権利干係との不一致を是正するためには、自己の持分権に基ずきその持分権の移転登記手続を被告に対し求めるの外はないものと解すべきである。(本件保存登記は被告の申請に基きなされたものであり申請者及び登記官吏に錯誤又は遺漏のあつた場合でないことは本件弁論の全趣旨に徴し明らかであるから不動産登記法第六十三条ないし第六十四条による更正登記は許されないと解する。)
原告の本件抹消登記手続の請求中に右の如き持分権の移転登記手続を求める請求の趣旨が含まれているものとは解せられないから、右抹消登記手続の請求は理由ないものとして棄却するの外はない。
五、以上当裁判所の判断と同旨の原判決は相当であるから本件各控訴はいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第九十二条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 奥田嘉治 岸上康夫 下関忠義)
目録
千葉市栄町四番地所在
家屋番号栄町四一〇番
一、木造亜鉛葺平家店舗建坪二十一坪八合七勺
(実測坪数建坪二十四坪一合五勺階下二十坪六合一勺階上三坪五合四勺)